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イラク邦人人質事件について、国際派日本人養成講座2004年5月2日号から、伊勢雅臣氏の許可の下、転載させていただいた。他紙との比較で朝日新聞の「独自性」を浮き彫りにする興味深い一点である。

日本ではこの人質3人の家族がテレビ出演して以来、彼らへのバッシングが始まった。解放後、いくつかの海外メディアは、3人を「勇気ある若者」と英雄視し、逆に、彼らを批判する日本人や救出費用の一部を請求した日本政府を批判した。これらの海外メディアは、なぜこれほどまでに3人が非難されるのか理由がわかっていない。この理由について、伊勢氏の引用する産経新聞のコラムが的を得た説明をしていると思う。

いずれにせよ、左翼のグローバルな連携はすごい。欧米の日本観にとかく左右されやすい日本人。この3人へのバッシングをやめさせるため、彼らの支援者は海外左翼メディアに応援を頼んだのだろうか。効果はさほどなかったようだが。

パレスチナ問題についても、日本が「テロに屈するな」とのメッセージをイスラエルに送ってくれればよいのだが。(2004年5月2日)



■■ Japan On the Globe(342)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

          Media Watch: 社説対決 〜 イラク人質事件

             大新聞4紙がそろって「テロに屈するな」と主張す
            る中、朝日新聞のみが孤軍奮闘の論陣を張った。
■■■■ H16.05.02 ■■ 34,029 Copies ■■ 1,159,807 Views■


■1.「卑劣な脅しに屈してはならない」■

     先の人質事件が報じられた4月9日の各紙社説は一斉に「テ
    ロに屈するな」との声をあげた。

    日経:「卑劣なテロ集団から人質の解放を」
         テロリスト集団には断固とした姿勢で臨み、テロリスト
        の脅しに屈した形での自衛隊撤退はすべきではないと考え
        る。

    読売:「3邦人人質  卑劣な脅しに屈してはならない」
         卑劣な脅しに、絶対に屈することはできない。毅然(き
        ぜん)として対処しなければならない。

    毎日:「邦人人質 卑劣な脅迫は許されない」
         過去1年に及ぶ占領体制や米英に対する反感があるにせ
        よ、このような手段や方法で自衛隊の撤退などの行為を迫
        るのは断じて認めることはできない。

    産経:「日本人人質 今こそ国内が一致結束を」
         福田康夫官房長官は八日夜、「自衛隊はイラクの人々の
        ために人道復興支援をしている。撤退する理由はない」と
        断言した。この姿勢を強く支持したい。

     そんな中で、朝日だけが「独自性」を見せた。

■2.「要求を突っぱねれば」■

     朝日の9日付け社説は「救出に全力をあげよ 日本人誘拐」
    と題して、日本政府を叱咤激励しているが、自衛隊撤退という
    テロリストの要求については、

         福田官房長官は「自衛隊は人道復興支援を行っている。
        撤退する理由がない」と、誘拐犯の要求を拒んだ。かといっ
        て要求を突っぱね続ければ、3人の身に危険が及ぶだけで
        なく、同種の事件を誘発する恐れがある。それがこの事件
        の深刻なところだ。[1]

     この「要求を突っぱねれば、・・・同種の事件を誘発する恐
    れがある」という一節には、あっと驚かされた。テロに屈した
    ら同種のテロを誘発するという国際常識とは正反対の主張だか
    らだ。たとえば読売は10日付けの社説で「今、自衛隊が撤退
    したら、一体、どういう事態になるのか」と問いかけて、こう
    予想している。

         結果的に武装勢力をますます勢いづかせるのは間違いな
        い。武装勢力が誘拐を効果的な手段と見て、同様の事件を
        他国にも仕掛けることになりかねない。

         イラクから撤退する国が続出すれば、新生イラクの建設
        に協力する国際社会の足並みが乱れる。イラク情勢は一層、
        悪化することになる。

         日本はテロに容易に屈する国とみられ、国際社会の信用
        を失う。日本と共同作業するような国はなくなる。日本は、
        これから国際平和協力のための自衛隊を派遣できなくなる
        恐れもある。[2]

     これが国際常識である。他紙を読んで勉強したのか、朝日は
    翌日の社説であわてて修正した。

         もし今、ここで犯人たちの脅迫を受け入れたらどうなる
        だろうか。「日本は無法な要求に弱い国だ」というイメー
        ジを広げ、同じような人質事件を誘発しかねない。他の国
        を標的にした犯行に弾みをつけてしまう恐れもある。[3]

■3.朝日の二枚腰■

     こうは言いつつも、他紙のように「テロリストの脅迫に屈す
    るな」とは主張しない所に朝日の二枚腰がある。

         だが、そのうえで論じておきたいのは、私たちの主張は
        何が何でも自衛隊は撤退させないという、単純な「テロに
        屈するな」論とは異なるということだ。・・・

         イラク全土の状況は、誰が見ても悪化の一途だ。占領政
        策の大規模な転換がなければ、事態は収まらないだろう。
        このままでは暴力もテロも逆に拡散する。・・・必要にな
        れば撤退の決断もためらうべきではない。 ・・・

         こんどの事件は、開戦以来、小泉首相が無理に無理を重
        ねて来たことと無縁ではない。政府はそのことを胸に刻み、
        人質救出に必死で当たる義務がある。[3]

     人質事件の原因を作ったのは小泉首相の自衛隊派遣であり、
    「撤退の決断もためらうべきではない」とする。社説タイトル
    の「脅迫では撤退できぬ」とは、「撤退するな」という意味で
    はなく、「撤退はすべきだが、脅迫ではなく他の形で」という
    意味なのだ。さすがに大学入試での引用数トップを誇る朝日新
    聞は、文章の綾も巧みである。

     その後では「犯人よ、殺すな」と題して、犯人グループに呼
    びかけを行っている。

         人質になった日本人3人は、あなたたちが言うように米
        軍に協力している国の国民かもしれない。だが同時に、戦
        禍に苦しむイラクの人々を直接、間接に助けようとした人
        々でもある。・・・

         かれらの活動を、あなたたちが敵視するどころか、もり
        立てることだ。そのことこそが「占領軍なき復興」の可能
        性を世界に示す。[3]

     朝日は「あなたたち」とは呼んでも、「テロリスト」と罵倒
    したりはしない。悪いのは、自衛隊派遣を決めた小泉首相であっ
    て、3人は反戦平和の同志なのだから、敵視するのではなく盛
    り立てよ、と冷静に説く。自衛隊撤退という志を同じくする犯
    人たちに、朝日はほのかな連帯意識を抱いているようだ。

■4.「朝日社説 詭弁としか言い様がない」■

     この社説を、翌11日の産経社説は「朝日社説 詭弁としか
    言い様がない」と名指しで批判した。前半では「脅迫では撤退
    できぬ」と主張しつつも、後半では、

        「撤退の決断もためらうべきではない」と論理を飛躍させ
        る。仮にも日本政府が今の時点で特措法を理由に自衛隊を
        撤退させたら、誘拐犯のみならず世界は日本が脅迫に屈し
        たと考えることに変わりない。結果的に、日本は「ひ弱な
        国家」として海外の邦人を一層の危険にさらすことになる。
        ・・・

         極めて重大なこの時期に朝日がこのような「二重基準」
        の社説を掲げることは悪影響を与えかねない。

         朝日のこれまでの社説からいえば、イラクへの自衛隊派
        遣に反対した立場から、「派遣していなければ、こんな事
        件も起きなかった」という思いが強いのであろう。

         だが、現時点で、本音である撤退論を打ち出す勇気もな
        い。そこで羊頭をかかげて狗肉(くにく)を売るという苦
        しい結果になったのだろう。しかし、これは詭弁(きべん)
        と言わざるをえない。[4]

■5.「テロの要求に屈する論理」■

     「詭弁」とまでこき下ろされて撤退論には分がないと見たの
    か、朝日社説は今度は、来日したチェイニー米副大統領に対し
    て「イラク・人質 米国に自制を迫れ」として、

         米国の自制と政策転換をはっきりと求め、歴史的にも今
        もイラクの人々を日本は敵視していないことを宣言しては
        どうか。それが犯人に伝われば、人質の解放を促すことに
        もつながらないだろうか。[5]

     この主張を、今度は読売が一喝した。

        「自衛隊が派遣されたから、人質事件が起きた」「日本は
        米国に政策転換を求めるべきだ」という声がある。「自衛
        隊撤退をためらうべきではない」という主張もある。それ
        自体が、テロの要求に屈する論理である。[6]

     名指しこそしていないが、引用しているのは朝日の社説その
    ものである。自衛隊は撤退しなくとも、日本政府が米国に政策
    転換を働きかけたら、それは人質拘束の大きな成果となる。テ
    ロリストたちがこの社説を読んだら、「よくぞ言ってくれた」
    と思っただろう。遠くイラクの地から日本で孤軍奮闘する朝日
    に声援を送っていたかもしれない。

■6.人質が無事解放された要因■

     自分をテロリストの立場において考えてみよう。朝日のよう
    な主張に賛同する声が日本国内で大きくなっていったら、「日
    本政府は本当に自衛隊を撤退させるかもしれない」、あるいは
    「少なくとも米国に政策転換を働きかけてくれるかもしれない」
    と考えて、もうしばし人質を解放せずに頑張ってみよう、とい
    う気持ちになっていただろう。それは事件の解決を遅らせるだ
    けだ。

     しかし、テロリスト達の期待も空しく、「撤退せず」との日
    本政府の素早い決定を朝日以外のすべての大新聞が即座に支持
    し、また自衛隊撤退を求める被害者の家族には世論が大きく反
    発した。イラク内部でも、イスラム教聖職者、アブデル・ジャ
    バル・シャッタル師が「日本人はイラクの利益のために行動し
    ていた。人質行為を非難する」と語ったと報道された。[7]

     日本政府も国民世論も「テロに屈しない」と一致団結したの
    で、このまま人質を拘束していても埒があかない事が分かり、
    人質を殺したらイラク国内の聖職者までも敵に回すことになる。
    合理的に考えるテロリストなら、米軍の捜索の手が来る前にさっ
    さと人質を解放してしまおうと考えるだろう。

     人質が無事解放された要因の一つは、日本国内が「テロに屈
    するな」と一致結束し、朝日の如き「テロの要求に屈する論理」
    が少数意見に終わったことである。

■7.「これ以上苦しめるな 人質の家族」■

     朝日はこうした他紙から批判に答えないまま、15日には
    「これ以上苦しめるな 人質の家族」と別の論点に転進した。

         イラクで武装勢力に捕らわれている人質3人の家族に対
        して、非難や嫌がらせが相次いでいる。

        「勝手に行って迷惑をかけ、税金を使わせている」「自分
        の子なら行かせない」「自衛隊の撤退を求めるのはおかし
        い」。3人の自宅のほか、家族の拠点になっている北海道
        東京事務所には、こんな電話やファクスが次々と寄せられ
        た。・・・

         子や姉弟が銃や刃物を突きつけられているときに、何を
        してでも助け出したいと思い、そう訴えるのは、家族とし
        てはごく自然なことではないか。そういう家族の心情を理
        解できないとすれば、悲しいことだ。[8]

■8.「反省していないのは一部マスコミ」■

     これにまた噛みついたのが、産経のコラム欄「産経抄」で、

         家族は「個」の責任をそっちのけにして「公」の政策変
        更を声高に要求した。それに対し違和感や嫌悪感をおぼえ
        たのが世論なのである。“被害者たたき”でも何でもない。
        国民のごく普通の感覚であり、気持ちなのだった。
しかも
        テレビのキャスターやコメンテーターは、家族の無分別を
        たしなめるどころか一緒になって政府を責めたり、批判し
        たりした。家族は後になって「感謝とおわび」に転じたが、
        初めからそうしていれば世論も横を向いたりしなかったろ
        う。
[9]


     さらに産経は25日付け社説で追い打ちをかける。

         当初、家族の一部に、自己責任を棚に上げ、政府批判と
        自衛隊の早期撤退を求める発言があった。しかし、その後、
        家族は反省し、政府と国民に迷惑と心配をかけたことを謝っ
        ている。反省していないのは、家族の当初の発言を利用し、
        自衛隊撤退論に結びつけようとした一部マスコミである。
        [10]


     朝日は家族への世論の反発を大所高所からたしなめるつもり
    だったのだろうが、逆に彼らを自衛隊撤退論に利用した戦術こ
    そ問題だと、糾弾されてしまった。まさにやぶへびではある。

■9.世論の成熟ぶり■

     こうして他紙から批判をかわそうと迷走を続けた朝日社説で
    あったが、その主張は国民世論からの支持も得られなかった。
    産経新聞はこう総括する。

        ・・・イラクでの邦人人質事件で日本政府が犯人たちから
        の自衛隊撤退の要求を拒否したことについて、国民の多く
        がそれを支持したことが明らかになった。

         フジテレビ「報道2001」の十五日の調査では、犯人
        たちの撤退要求に対し、「撤退すべきでない」が68%で、
        「撤退すべきだ」の29%を大きく上回っていた。三人が
        解放された後の朝日新聞十六日の調査では、撤退拒否は
        「正しかった」が73%にも上り、「正しくなかった」の
        16%を圧倒した。・・・

         いずれも、誘拐犯人らの要求を入れて自衛隊を撤退させ
        ることには反対とする意見が三分の二前後を占めたわけで、
        この種のテロ事件に対しては、日本の世論が、昭和五十二
        年のダッカ事件当時と異なり、「犯人らの脅迫には屈しな
        い」という点で、いかに成熟してきているかを示すものだ。

     朝日社説の懸命な説得にもかかわらず、同社の調査でも73
    %が撤退拒否を正しかった、と考えていたわけである。しかし、
    弊誌は朝日の迷走気味の孤軍奮闘がまったく無意味であったと
    は考えない。自由民主主義国家としては、多様な意見の存在が
    不可欠だし、こういう論争を通じて国民一人一人が国のあり方
    を考えていく事が民主政治の基盤作りにつながるからだ。

     30日の記者会見で、人質の一人今井紀明さんは「テロリス
    トでなくレジスタンス」と言い、「自分にとっての自己責任は
    イラクの現状を伝えることだ」と語った。18歳ながらあっぱ
    れなヒール(プロレスの悪役)ぶりである。今井さんや朝日新
    聞のようなタフなヒールがいるからこそ試合も盛り上がる。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(052) 今、そこにある危機
    北朝鮮のミサイル発射で、朝日の主張する「冷静さ」「慎重
   さ」とは?
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_2/jog052.html
b. JOG(044) 虚に吠えたマスコミ
    朝日は、中国抗議のガセネタを提供し、それが誤報と判明し
   てからも、明確に否定することなく、問題を煽り続けた。
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_2/jog044.html
c. JOG(042) 中国の友人
    中国代表部の意向が直接秋岡氏に伝わり、朝日新聞社がそれ
   に従うという風潮が生まれていた。
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_1/jog042.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 朝日新聞、「救出に全力をあげよ 日本人誘拐(社説)」、H16.04.09
2. 読売新聞、「[社説]3邦人人質  小泉首相の「撤退拒否」表明を支持する」
   H16.04.10
3. 朝日新聞、「脅迫では撤退できぬ イラク人質事件(社説)」、H16.04.10
4. 産経新聞、「【主張】朝日社説 詭弁としか言い様がない」、H16.04.11
5. 朝日新聞、「イラク・人質 米国に自制を迫れ(社説)」、H16.04.11
6. 読売新聞、「[社説]3邦人人質  峻別すべき『解放』とイラク政策」、
   H16.04.13
7. 産経新聞、「【主張】邦人人質 撤退拒否を貫き救出急げ」、H16.04.10
8. 朝日新聞、「これ以上苦しめるな 人質の家族(社説)」、H16.04.15
9. 産経新聞、「産経抄」、H16.04.23
10. 産経新聞、「【主張】自己責任 自由だからこそ問われる」、H16.04.25

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